NHK・FM「FMシアター」(夜10・00)は津川泉・作「ひろば まぼろし」を放送する。物語は、今はほとんど活動を休止しているシンガーソングライター森田童子の歌と交差しながら展開する。
「あの時代は 何だったのですか?/
あのときめきは なんだったのですか?……なにもないけど ただひたむきな/
ぼくたちが 佇(た)っていた/
キャンパス通りが 炎と燃えて/
あれは雨の金曜日/ みんな夢でありました。」
登場人物は三人。ビルの管理人は、よく階段や床の大理石に埋まっている太古の化石に手をあてて、じっと聴き入っている。「私」は、そのビルにある 日記代行業の事務所で、一人でいつもの電話を待っている。日記代行業というのは、利用者から電話を受け、聞き取ったことを本人に代わって日記につける。も うひとりは代行業の経営者の青年。彼自身も「私」に日記を付けてもらっている。
三人はそれぞれ、幻のひろばを抱えている。管理人は、ものの中に眠っている唄(うた)を聴こうとし、「私」は、会うことのない相手を待ち、青年は「あの時代」にこだわる。
ひろば、もしくは、ときめきの時が、幻でしかないこの時代には、聞こえないものに耳をすまし、来ないものをじっと待つしかないのだろうか。
番組の中の、例えばかすかなピアノの音が、耳をすますことを教えてくれる。モノローグに近い中尾幸世の「私」も魅力的。