(1980.1.12「毎日新聞」朝刊・番組紹介記事「視聴室」、W記者)

 幼年にとって家族とは全世界である。だから彼(彼女)が母や兄妹の不条理な死に出会うなら、その痛みは生涯をむしばむものとなりうる。これは兄を失った女性ピアノ調律師が痛みに耐え、自身を“調律”しながら、自他の肯定に向かう内的なドラマを描いた作品である。

 物語の筋は単純だ。ピアノ調律師栄子(中尾幸世)は就学前、小学校のピアノをいたずらしていて火事にあい、兄を亡くした夢魔のような記憶にさいなまれている。記憶は猛火として、あるいは兄と育った村の朽ちた廃船のイメージとして現れる。兄との間の親密感を“切断”された痛みの形象化であり、深い喪失感の象徴である。が、彼女には兄とともに聴いたあのピアノの音がある。兄との親密感と同義語なのだ。この音を支えに生きてるうち、彼女は仲間や四季の自然のなかに偏在する同質の音に気づいていく。
 人生って美しい!彼女の回生を暗示してドラマは終わる。

 大学生の素人女優中尾の自然な演技、バックのバッハやマーラーの音楽が美しい。昭和49年「夢の島少女」で息詰まるような死とエロスのイメージを映像化した演出者、佐々木昭一郎自身の回生の劇とも言える。秀作。