(電話の呼び出し音)
もしもし
あたし、迷子になっちゃった
どこにいるの
わからない
場所は
場所って
ね、そこから何が見える
みぃんな
広いの
うん
どこから来たの
え・・・
どこから来たの
わからない
どこへ行くの
帰る
どこへ
帰るの
おうち・・・
だれ。あなた、だれなの
だれって・・・、わたしは・・・
登録ナンバー0168、7月16日、銭湯でどこかで見た顔の男が湯船につかっていた、脱衣所で誰だろうと考えていたら番台のかみそりを見て思い出した。パチンコの景品交換所の中にいた男だった。
登録ナンバー0169、この人は自分の日記ではなく私に質問してくれという。こちらはお客様のおっしゃるその日の日記を書いてお手元にお送りするシステムですから・・・
ドラマより一部抜粋
NHK・FM「FMシアター」(夜10・00)は津川泉・作「ひろば まぼろし」を放送する。物語は、今はほとんど活動を休止しているシンガーソングライター森田童子の歌と交差しながら展開する。
「あの時代は 何だったのですか?/
あのときめきは なんだったのですか?……なにもないけど ただひたむきな/
ぼくたちが 佇(た)っていた/
キャンパス通りが 炎と燃えて/
あれは雨の金曜日/ みんな夢でありました。」
登場人物は三人。ビルの管理人は、よく階段や床の大理石に埋まっている太古の化石に手をあてて、じっと聴き入っている。「私」は、そのビルにある日記代行業の事務所で、一人でいつもの電話を待っている。日記代行業というのは、利用者から電話を受け、聞き取ったことを本人に代わって日記につける。もうひとりは代行業の経営者の青年。彼自身も「私」に日記を付けてもらっている。
三人はそれぞれ、幻のひろばを抱えている。管理人は、ものの中に眠っている唄(うた)を聴こうとし、「私」は、会うことのない相手を待ち、青年は「あの時代」にこだわる。
ひろば、もしくは、ときめきの時が、幻でしかないこの時代には、聞こえないものに耳をすまし、来ないものをじっと待つしかないのだろうか。
番組の中の、例えばかすかなピアノの音が、耳をすますことを教えてくれる。モノローグに近い中尾幸世の「私」も魅力的。